BBC documentary

ひとくちにアフガニスタンといっても、
政情や治安状況は地域によって様相をかなり異にする。
私は基本的にカブールとその周辺を担当しているので、
南部・東部の紛争状況やISAFの活動が
実際のところどんなものなのか、
これまでこの目で確かめたことがなかったし、
映像を見たこともほとんどなかった。


昨日テレビをつけて何の気なしにBBCにチャンネルを回すと、
アフガニスタンに関するドキュメンタリーが始まるところだった。
机上で活字を追っているだけでは分からない
あまりにリアルかつ深刻な映像の連続で、
正直に言えば私が仕事をし生活する同じ国の中で起こっていることとは
信じたくないと思った。
しかしそれは実際に起こっていることであり、
とてもISAF・アフガン政府側が勝利しつつあるような状況ではないことが
見て取れた。


ドキュメンタリーは45分もので、
BBCの記者がISAF(International Security Assistance Forces)の
イギリス軍に従軍して彼らの活動を取材したものだった。
時は2006年夏、場所は南部ヘルマンド州。
ちょうど2006年初頭にISAFが南部・東部に活動範囲を拡張した後で、
これらの地域でISAFタリバンの間の衝突が頻度を高めていたときだった。
ルマンド州はカンダハール州に隣接するタリバンの主要活動地域であり、
さらにはケシ栽培がアフガンのなかでダントツに多い州としても有名だ。


イギリス軍はこのヘルマンド州というところを管轄して
平和維持活動を行っている。
彼らの主な目的はANA(Afghan National Army)をサポートしつつ
タリバンや反政府集団を掃討し、
ルマンドに治安の安定をもたらすことにある。
屈強な兵士たちが機関銃に弾を込め、武装ジープでパトロールに出かける。
私も業務上、軍人に接する機会は多いが、
私が会う軍人の大半は戦闘行為には直接はかかわっておらず、
どちらかというと開発プロジェクトを提供するような業務にかかわっており、
画面に出てきた軍人とは雰囲気のように殺気立ってはいない。
しかしモニターに映る軍人たちは戦闘の匂い、
有体に言えば人を殺めるオーラが漂っている。
その存在感は獲物を捜し求めて彷徨する肉食動物を髣髴とさせる。
戦闘シーン、偵察シーン、パトロールシーンが圧巻。
BBCのドキュメンタリーは秀逸だ。
凡百の作り物の戦闘シーンには出せない圧倒的緊張感が漂う。
次の瞬間にタリバンの攻撃を受けるのではないか、
一般人の誰が本当に信頼足りうるのか、
この緊張状態の日々を何ヶ月も彼らは過ごすのか。。。
まるでその場に自分も置かれたかのように、
色々なことが頭に次々と浮かんでくる。


ひとつ心配になったのは、
部隊に通訳がいないのか、映っておらず、
そのため偵察時にイギリス人兵士が
アフガン人内通者と英語の片言とボディランゲージで
コミュニケートしていた。
単に通訳の身の危険を考えて映していないだけで、
本当はちゃんと通訳が部隊に従軍しているならいいのだが、
それにしては意思の疎通のとり方があまりにナイーブなので、
作戦遂行上支障を来たすのではと、とても心配になった。


良くぞこんなドキュメンタリーを作ってくれた、とBBCには感謝だけれど、
番組は英軍に従軍したことによるバイアスもあったと感じた。
たとえば画面に出てしゃべっている地元アフガン人は
少なくともイギリス軍に敵対しているわけではないので、
彼らの意見がどこまで地元のアフガン人民衆の本音を代弁しているのかは
差し引いて見る必要があるかもしれない。


私が見ていて再確認したことの一つは、
ひょっとすると彼らの存在が治安の安定をもたらすどころか、
治安の不安定化要因になりかねない危険性を孕んでいる、ということだ。
というのも多くの民衆が望んでいるのはひとえに平穏な生活であり、
イギリス軍とタリバンが対峙する状況が続く以上は
平穏はありえないという単純な事実からだ。
また民衆にとって大事なのは
安定をもたらすのがイギリス軍・政府軍なのか、
それともタリバンなのかということであり、
どちらのイデオロギーや主義主張が正しいかなど
民衆にとってはさして問題ではない。
ゆえに人々はどちらが最終的に勝ち残るか、
そしていつバンドワゴンに乗るか、
必死にそのタイミングを伺っているだろう。
しかし実際には戦闘の余波で被害を蒙る民衆は後を絶たず、
死傷者も多数出てしまっている。
また無実の者がタリバンと疑いをかけられて拘留されたり、
辱めにあったりするケースもさまざまなところで仄聞する。
これらはアフガン人の尊厳を非常に傷つける行為で、
民衆を味方につけるために徒になりこそすれ、
決して助けにはならない。
ただでさえイギリスやアメリカはアフガン人の間で
歴史的に受けがよくないというハンデを追っているのだから、
相当の”Give”を提供しないと見劣りしてしまうだろう。


その努力の一環として、
小さな集会を開いて民衆たちと意見交換を行い、
彼らの不安を軽減したり問題を解決することに努めたり、
またラジオなどのちょっとしたプレゼントを提供し、
時には大規模な開発事業を迅速に提供することで、
彼らなりに民衆のHearts and Mindsを勝ち取ろうと
日々活動しているという。


私はなんとも形容しがたい複雑な思いでその映像を見ていた。
私が仮に軍人として治安維持というマンデートを与えられ、
所与の環境・条件の中で最善の結果をもたらすことを命じられたとしたら、
私もこのように人心を掌握することを目的としつつ、
治安維持のための戦闘行為を行うという二段構えで作戦を遂行するだろう。
しかし、それで本当に最終的にセキュリティーの安定がもたらされるのか。
ことはすでに軍事力で解決できる範疇を超えてしまったのではないだろうか。
それゆえアイロニーを感じてしまった。


たまたま昨日同僚のアフガン人と議論したのだが、彼の持論では
本来はタリバンの穏健派をポリティカルプロセスに取り込むべきだった、
しかし機を逃してしまった、
すでに穏健派ですら、今の政治プロセスに参加する意志は削がれてしまっている、
そもそもボン合意のときにそうすべきだった、と。
このままでは今年も治安の改善は見られないだろうし、
タリバンやそのサポーターたちのメンタリティーを考えると、
彼らは外国軍を追い出すまで徹底抗戦を貫くだろうから、
中長期的には非常に暗い見通しだと言っていた。
アメリカやその他NATO軍は本当に困難な闘いに乗り出してしまった。
ここにはイラクだけでない、
もうひとつのパンドラの箱を開けてしまった現実が横たわっている。
暗黒の淵源を覗き見る気分だ。
攻めるも地獄、退くも地獄
(そのときには内戦、もしくはタリバンの再統治が待ち構えているだろう)。


最後の場面でブレア首相が激励のためヘルマンドを訪問して、
兵士を前に演説していた姿に、
その力強い言葉の連続とは裏腹に、
なんとも言えない無力感を感じずにはいられなかった。
彼は軍の最高責任者として自らが派遣した兵士たちを前に述べる。
あなたたちの活動が21世紀の平和の試金石になる、と。
一体私たちはどこに向かっているのだろう。


私はあまりに悲観論者過ぎるのだろうか。本当に杞憂であってほしい。
それにしても、このドキュメンタリーをブッシュ大統領が見たら、
どのような感想を抱くのだろう。
是非日本でもこのような貴重なドキュメンタリーが放映されて、
知られざるアフガニスタンの状況を
多くの方に知ってもらいたいと思った。