ムスリム住むなら欧より米?

ヨーロッパよりもアメリカのほうがムスリムにとって同化し易い、という興味深い記事があった。


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Muslim Americans: Middle Class and Mostly Mainstream | Pew Research Center


こういう統計ものには手法に潜むバイアス・陥穽やら誤差やらが付き物だし、
サンプル数の多寡をどのように判断するのかという問題もあるので、
ある程度割り引いて見る必要はあるだろうけれど、
意外とそうなのかもしれないなぁという気はする。


アメリカはそれこそ9.11.という大事件や
イラクアフガニスタンでの戦闘行為、
イラン、シリアといったイスラム諸国との絶え間ない諍いを経験する中で、
ムスリムへの偏見を募らせるイシューに事欠かない。
私も含め、素人考えではアメリカでムスリムが生活するのは息苦しいだろうなぁと思う。
実際に私が数年前アメリカに滞在していたときに出会ったムスリムの知人(IT企業勤務)は、
テキサスからDC近郊に引っ越してきた理由を、
テキサスでの差別的仕打ちに耐えられなかったから
少しでもリベラルなDCに来たんだ、と言っていたし
(それでも同じアメリカ内じゃないのという突っ込みは無しね)。


しかしアメリカはご存知の通り、移民国家という性格を持つ。
国の成り立ちからしてそもそも
どのような背景を持つ者であれ、
移住を希望する者はとりあえず社会に受け入れる
という方針をずっと採ってきた。
その時々の社会情勢に応じて、程度のブレはあれこそすれ。


この記事でひとつ面白かったのは、
アメリカ在住のムスリムの平均収入が国全体の平均値に近似するという点だった。
ある集団の平均収入が国全体の平均と比べて著しく低いかどうかということは、
社会への統合度合いを測るひとつの指標となり得る。
フランスで移民層を中心とした人々による暴動が起きたことは記憶に新しいが、
彼らがそのような行動をとったRoot Causesのひとつは
職になかなかありつけなかったり収入源が限られているという彼らの経済的差別感にあったと思われる。


もうひとつ、ある人が以前言っていたのだが、
アメリカの行政制度はそもそも様々なバックグランドを持つ人々を念頭に設計されていることが多く、
余所者にとっても利用し易いけれど(例外はもちろんありますが)、
ヨーロッパではそのように行政制度が作られておらず排他的なので、
必然、余所者にとっては住みにくくなる。
経済的な格差や、心理的な排他的心情・差別もさることながら、
このような制度の構造的排他性が移民の社会統合を妨げているということは想像に難くない。
たとえばワシントンDCに程近いFairfax高校(公立)には、
正確な数字は忘れたが、数十の異なる母語を話す生徒たちが通っていると聞いたことがある。
その中には当然英語を満足に話さない生徒も少なからずいるだろう。
これほど多様なバックグランドを持つ生徒を一手に引き受ける下地がある。
制度的な側面以外にも、ボランティアとして英語を教えたり、
移民や留学生をサポートするサービスを提供する教会や市民の試みも無数に存在する。
このように、移民を受け入れる社会的受け皿の多様さと懐の深さが、
果たしてヨーロッパ諸国にアメリカレベルで備わっているだろうか。


ただこのエントリーで私の最も言わんとするところは
ヨーロッパがムスリム移民の受け入れ態勢において劣っているということではないし、
ムスリムに対して差別的だということでももちろんない。
アメリカの対応が優れているように見えたのなら、
私の挙げた事例がポジティブなものばかりだったというバイアスもあるだろう。
そもそもアメリカとヨーロッパ諸国では国の成り立ちが異なるから、
あるひとつの事象(移民問題)に対する対応の仕方も異なって当然なのであって、
優劣を決めることはここでの趣旨ではない。
むしろアメリカにせよヨーロッパにせよ、ムスリムとの共生というテーマが単なる机上の空論ではなく、
日々実生活のあらゆる側面において俎上に載る社会であり、
文字通り骨身を削ってそれと向き合っているということ、
これを言いたかったがために、このテーマを取り上げた。


一方、この統計からは見えないことがある。
先ほどの収入に関するところでいい忘れたのだけれど、
ひょっとすると、アメリカに渡ったムスリム移住者というのは、
もともとそれなりに学歴があったり技術を持っていたり英語に不自由しなかったりというアドバンテージがあって、
アメリカで職業を見つけ易い人が多かった可能性もある。
とすると、ヨーロッパよりもアメリカのほうがムスリムにとって暮らし易い、
経済的チャンスに恵まれ易い、社会に受け入れられ易い、というような結論に一足飛にはならない。
もうひとつは、社会的な統合と暮らし易さというのはセミイコールだけれどイコールではないということ。
どういうことかといえば、アメリカって人種の坩堝でなくてサラダボールなんだっていう議論があるように、
混ざり合っているようで、完全には溶け合ってはおらず、
結局それぞれのEthnic Groupがそれぞれで固まりあっているということ。
だから上に挙げたようなアメリカ在住の私の知人(ムスリムでIT企業勤務)を例にとれば、
彼はそれなりに収入もあるし日々の生活にはそれなりに満足しているけれども、
友人は同じムスリムだったり他のマイノリティーグループ出自者が多かったし、
アメリカに受け入れられている、統合しているという感覚は若干希薄かもしれない。
だからIHTやPew Research Centerの先の記事のタイトルは全面的とは言わないまでもミスリードの可能性も否定できない。
この辺りは結局読み手がどのように読み解くのかっていうリテラシーの問題に行き着くんですよね。


やっぱり統計とか世論調査を読み解くのって一筋縄ではいかんです。